辞書を抱えてチャットしてたら英語が話せるようになった話

辞書を抱えてチャットしてたら英語が話せるようになった話 私の英語習得ストーリー

英語が話せるようになったらなと思ったことはありますか?
このブログを読んでくれている人の答えはおそらくYESだと思います。

「文法をちゃんと覚えてから」「単語をもっと増やしてから」「発音を直してから」・・・気づくと、話す練習どころか、そこに行きつくまでに疲れてしまっている。あるあるですね。

私も、話せるようになるには、もっと難しい単語をいっぱい知っていて、英語ニュースもそのまま理解できるくらいで、そこまで英語が得意ではじめて自分がペラペラになるんだろうなと、遠い世界に感じていました。だから、ペラペラなんて憧れているだけで、自分が話せるようになるなんて夢にも思っていませんでした。

でも実際に私が英語を話せるようになったのは、難しい単語を覚えたからでも、英語ニュースが分かるレベルに達したからでもありません。 辞書を両手に抱え、ネットで作った海外の友達と話したくて、ただひたすらチャットで会話が成り立つようにしがみついていました。そして、気づいたら話せるようになっていた。それだけでした。

開いた辞書とノートが置かれたデスク

単語を知っているのに、なぜ言葉が出てこないのか

英単語、学校では嫌というほど小テストをされ、定期テストのために覚えましたよね。だから、たくさん知ってるはずなんです。 文法も、中学校でちゃんとやったはずなんです。その時の成績は関係ありません。得意だったか不得意だったかも関係ありません。覚えた、覚えようと勉強を少しでもしたことにみんな変わりはありません。

なのに、いざ「話そう」とすると、口から何も出てこない。 頭の中で「えーと、これは何て言うんだっけ」「主語は…動詞は…」って考えている間に、相手はもう次の話題に進んでいる。そして焦る。焦れば焦るほどもっと出てこなくなる。だんだん負の連鎖に陥ります。

私もリアルに経験しました。 知識はあるはずなのに、会話になると詰まる。これって、知識の問題じゃないんですよね。言葉が詰まる原因は、「間違っていたらどうしよう」という恐怖心も大きいと思います。そこがまずハードルになって、本来出てくるはずの言葉も出てこなくなってしまうんです。

私がこの「詰まる感覚」を抜け出せたきっかけは、勉強じゃありませんでした。 辞書を両手に抱えて、ただ「話したい」という気持ちだけで突き進んだ結果でした。

勉強じゃなく、「話したい人」がいたから始まった

引きこもり時代、ネットで知り合った友達

当時の私は、学校に近づくにつれ気分が悪くなってさぼり、家に帰ったら全く部屋から出ないような生活をしていました。 そんな中で、なんとなく外国人の友だちを作ってみたくなって、ネットを通じて海外の人とやり取りをはじめました。

最初はちょっとした挨拶程度。メールからスタートしました。めちゃくちゃ短いメールでした。でも、次第に相手の文章が長くなっていき、それに合わせて自分も少しずつ長い文章になっていきました。さらに盛り上がって、「チャットしようよ」という流れになりましたが、話していくうちに「もっとこの人と話したい」「この人が言ってることをちゃんと理解したい」という気持ちがどんどん強くなっていったんです。

これ、英語を勉強しようと思って始めたわけじゃないんですよね。「この人と繋がっていたい」という気持ちが先にあって、英語は後からついてきた、という感覚でした。

辞書を両手に、画面の前で

とはいえ、当時の私の英語力はお粗末なものでした。だから、メールを読むときもそう、書く時もそう、チャットをはじめてからもチャット画面の横には常に辞書(紙のジーニアス英和と和英)を置いていました。

わからない単語が出てくるたびに、調べる。伝えたい単語が出てこないときも、調べる。学校で授業を受けていた時と比べ物にならないくらい、ずっと辞書をめくっていた記憶があります。

正直、最初はものすごく時間がかかりました。メールを返すのに数時間かかることもありました。
チャットも、オンラインでリアルタイムのはずなのに、調べながらやり取りをするので、地球の裏側にレポーターがいるテレビの生中継かそれ以上のタイムラグが生じていました。

でも、待っていてくれる相手がいたから、続けられたんです。本当にありがとう、当時のお友達。余談ですが、やり取りしていた相手は時期は少しずれていましたが全部で10人はいました。でも、そのなかで覚えているのは、Lily、Amanda、Max、Thostenの4人です。ありがとう、みんな。

最初の頃の会話は、こんな感じだった

パソコンに向かってチャットをしている人

最初の頃のチャットは、お世辞にもスムーズとは言えませんでした。

噛み合わない返事をして、相手に「?」と返されたこともありますし、単語がどうしても出てこなくて、似たような意味の単語を無理やり並べて伝えようとしたこともあります。伝わりにくいときもありましたが、「〇〇っていうこと?」と聞き返してくれたりして、間違えたことで正しい表現を学んだこともめちゃくちゃたくさんあります。

それでも、相手は私をバカにすることなく、一生懸命意図を読み取ろうとしてくれました。なんならそういう交流を楽しんですらくれました。自分が少し上達してくると、「最近英語がうまくなったよね」と褒めてくれたことも覚えています。「完璧じゃなくてもいい。伝えようとする姿勢があれば、相手はちゃんと受け取ってくれる」ということを、このとき初めて実感しました。

これは、教科書では教えてくれないことだと思います。学校の先生がどれだけ「伝えようとすることが大切」と言ってくれても、それを実際に体験しないことには本当にその意味を理解するのは難しいと思います。それが理解できたとき、ひとつの大きな壁が取り払われる感覚があります。正しい英語を話せるようになってから会話するんじゃなくて、間違えながら会話することで、初めて「伝わる」という感覚を掴んでいく。そんな順番でした。

辞書を引く回数が減っていった、その変化に気づいた瞬間

毎日のように同じことを繰り返していると、少しずつ変化が起きてきます。

最初は1メッセージごとに辞書を引いていたのが、いつの間にか数メッセージに1回になり、そのうち「この単語、もう調べなくても出てくるな」と気づく瞬間が増えていきました。また、自分が使う単語を覚えていくだけでなく、相手が使った表現に関しては、自分で辞書でひいて調べた表現よりも圧倒的に早く自分のものになりました。なんなら、1回で覚えたこともたくさんあります。しかも、相手が使っているので、使い方の例まで一緒に提示されているようなもの。すぐに実践的に使える表現です。

決して「今日から英語が話せるようになった」という瞬間があったわけではありません。気づいたら、辞書を開く手が止まっていた。気づいたら、相手の言葉を訳さずに理解できていた。そんな、じわじわとした変化でした。

文法より先に「伝えたい気持ち」があれば、知識は後から追いつく

振り返ってみると、私が英語を話せるようになった出発点は、文法でも単語数でもありませんでした。「この人と話したい」という、ただそれだけの気持ちでした。もっと伝えたいことがある。それに勝る動機と原動力はないように思います。

脳内英訳をやめて英語脳になる方法の記事でも書きましたが、頭の中で日本語に訳す作業をしている限り、会話のスピードにはついていけません。でも、辞書を抱えてチャットをしていたあの頃の私は、結果的に「訳す」よりも「伝える」「理解する」ことを優先していたんだと思います。

文法を完璧にしてから話そうとすると、いつまでも「話す」タイミングは来ません。むしろ、伝えたい気持ちが先にあれば、知識は後からちゃんと追いついてきます。

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楽しそうに会話をしている二人

今すぐ綺麗な英語が話せなくても大丈夫

もし今、「文法もまだ完璧じゃないし、発音も自信がないし…」と、話すこと自体を後回しにしているなら、伝えたいです。

辞書を抱えてでも、ジェスチャーやスタンプを使ってでもいい。ぶつ切りの単語を並べるだけでもいい。誰かと話したい、わかりたい、という気持ちさえあれば、それで十分始められます。むしろ、そう思う気持ちが一番大切な教科書です。

私がそうだったように、その気持ちが、いつか辞書を必要としない自分に連れて行ってくれるはずです。

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