英語は勉強するほど下手になる。 このブログのタイトルを見て 「どういうこと?」と思った人へ・・・
英語、やり直したいけど 何から始めればいいかわからない。 そんな気持ち、すごくわかります。 私は、スクールに通ったことも、 留学したことも、 英語を「勉強しよう」と思ったことも、 ほとんどありません。というか、いまだに「勉強」の方法は分かりません。 それでも今、外資系企業で 毎日英語を使って働いています。
どん底からはじまった
大学に入ってしばらくして、学校に行けなくなりました。ただ親や教師の言うまま、偏差値の高さだけで大学と学部を選んでがむしゃらに受験勉強。「入学したら軽音サークルに加入する!」それを目標に頑張りました。通学は片道2時間半。門限22時、外泊一切禁止。
軽音サークルは、サークル活動と親とのバランスが取れず、夏前には脱退。そもそも興味のない勉強、遠すぎる学校、燃え尽き症候群。学校に行っているふりをして電車に乗れない日々が続き、夜中は部屋にこもって、 することといえばネットと音楽だけ。 本当につらい日々でしたが、そこから英語との付き合いが始まりました。
2つのことを、ただ夢中でやった
引きこもり中、やったことが2つありました。一つ目は、海外のメル友を作ること。
当時はじめてできたオンラインの友だちは、アメリカの17歳の女子高生。彼女の部屋の描写をしたメールを書いてきてくれたことをいまだに覚えています。天井に空と雲が描いてある、白を基調とした部屋。想像しているアメリカのかわいい子供部屋そのもので、うらやましいと思ったから覚えているのかもしれません。
ジーニアス英和辞典は持っていたので、ジーニアス和英辞書を買いに行き、2つの辞書を机に置いて、 相手の表現をパクりながら 必死にやり取りを続けました。
その女の子とは自然消滅してしまいましたが、仲良くなったの友だちとチャットをスタート。最初はリアルタイムでやり取りをするほどの英語処理能力はなく、相手がどんどん話しかけてくる中で簡単な返答だけなんとか頑張っていました。徐々に慣れてスピードが上がり、 気づいたらよそ見しながらやり取りできるくらいに上達。この期間は1か月くらい。
やはりチャットをすると仲良くなる度合いもぐんと上がりました。ビデオ通話しようと誘われたので移行。今度は英語を話せない壁にぶつかりました。でも、それも気づいたら 脳内で英訳しなくても話せるようになっていました。ここまで話せるようになるまで、最初のメル友から半年くらい。
2つ目にやっていたことは、洋楽の完全コピー。 Avril LavigneとAshlee Simpsonかが当時大好きで(今もAvril大好き)、AvrilのComplicatedを歌えるようになりたいと思って練習開始。1フレーズずつ録音しては止めながら、「完全に同じ発音になるまで」を繰り返しました。それを1曲最後までやって歌えるように。これをやっているうちに気づいたことがあります。どの綴りをどう発音しているか、 耳で分解できるようになってきたなと。それがリスニング力アップに直結しました。ただ正直に言うと、これは全員に当てはまる話ではないと思っています。テキストで英語を積み上げてきた人にはピンとこないかもしれない。でも音を体で覚えるやり方が合っている人には、強烈に効きます。ここでめっちゃ発音いいと褒められる人になりました。
勉強していないのに割と高スコア
「なんか私、英語話せてるやん」と思ったとき、ノリでノー勉強でTOEICを受けてみました。770点でした。まわりはよくて600点くらいで、ノー勉でこれは割とすごかったと思います。ちなみに、そのときに保有している資格は英検3級。中学1年のときにとったきり。高校2年で準2級をすっ飛ばして2級を受けてやろうとなめてかかって落ちて以来、落ちるのが嫌で受けていませんでした。
英語とまったく無縁になった時期
大学3年生のとき、病みに病んでいて、周りの反対を押し切って中退。部屋から出てきたと思ったら大学辞めるわ、と思ったらなぜか英語喋れるようになっているわで、親も困惑していました(笑)そのとき、母親が求人広告で見つけた子供英会話講師の仕事に応募。発音など採用がかなり厳しい会社でしたが、なんとか正社員として採用していただきました。「部屋から出てこないと思ったら、仕事にできるほど英語ができるようになっていてめちゃくちゃびっくりした」と、のちに母が言っていました。その数年後に結婚して専業主婦になったのですが、この期間(約7年)、英語と完全無縁の生活でした。洋楽は相変わらず聴いたり歌ったりしていましたが。それでも、英語力がどんどん落ちているのがはっきりと分かりました。
人生をやり直した年、また英語が戻ってきた
離婚して実家に戻りましたが、早くちゃんと独立してやり直したくて、これからキャリアを形成するならとりあえず事務職の経験をつけよう!と単純な思考で、未経験OKのところで派遣社員をはじめました。めちゃくちゃ暇な会社で、「仕事なくてごめんね」って謝られるくらい暇。なので、私が暇つぶしにネットでひたすらWikipediaを読んでいても見て見ぬふりをしてくれました。そのとき読んでいたのは、当時アメリカ大統領選挙で注目を浴びていたヒラリー・クリントンのページでした。「へー、こんな単語あるんだ」とか、分かるところは、「へー、こういう人なんだ」と、本当に雑誌を適当に読むレベルで見ていました。
その会社では福利厚生で派遣社員もTOEICを受けることができたので、派遣先の上司にも勧められたのもあって受けてみました。やっぱりノー勉でした。でもなぜかスコアアップして895点でした。そのあと調子にのって、あこがれていた英検準1級を受検。これもノー勉。なぜか一発合格。「なぜスコアが上がったり英検合格したのか」は、最初は全く理解不能でした。でも、あとから考えると、「勉強」はしていませんが、「日々娯楽として英語に触れて」いたんですよね。興味のあることはスッと入ってくるので、結果的に伸びたんです。ずっと英語に触れていなかったはずなのに、暇つぶしに触れていたWikipediaやずっと歌い続けていた洋楽が英語脳を維持、英語回路の再起動に一役買っていたわけです。
ネイティブとの生活、そして別れ
そのあと、アメリカ人と出会い結婚しました。交際期間中に外資系に転職して、 さらにネイティブと生活を共にした数年間で 英語力はさらに上がりました。 しかし、またも離婚を経験。その環境を失ったとき、 また英語力が落ちていきました。 英語は、触れ続けなければ落ちる。でも、正しいやり方を知っていればまた取り戻せる。それを2回、身をもって経験しています。
現在
今はまた転職して、別の外資系企業で毎日英語を使っています。TOEIC895点を取った時も、英検準1級に合格したときも、こども英会話講師になれるくらい話せるようになったときも、共通して言えることがあります。「本人は勉強しているつもりがない」ということです。ネイティブスピーカーとの生活経験がさらにレベルを押し上げたのは否定しませんが、その前にすでに英語で罵り合ったり(笑)、冗談を言い合ったりできるくらいの英語力がありました。これは、私の強みだと思っています。
このブログで伝えたいこと
英語学習で行き詰まっている社会人に、 私の体験から見えた 「本当に使える方法」だけを書いていきます。 完璧な英語じゃなくていい。 伝わる英語が話せれば、 世界はぐっと広がります。 好きなことと結び付けて楽しんだ人ほど伸びます。一緒にやっていきましょう!
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著者:にゃんかな
TOEIC:895点(900超えてないのかよ)
英検:準1級
職歴:元こども英会話講師、外資系勤務2社
ネイティブスピーカーとの生活経験あり
【副業】猫2匹のしもべ
【目標】脱サラしてゴールデンレトリーバーに家族になってもらうこと
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